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黄昏色の樹の下で

一章 八話

 次にウィスタが向かったのは財務局だった。ここは将軍の執務室とは違い人がせわしなく働いていた。

「バラナ様、よろしいでしょうか」
「ええ。大丈夫ですよ。……もしかして間違った書類がまざっていました?」

 先日保管庫に運ばれた財務局の上半期の書類のことを言っているのだろう。

「はい」
「申し訳ないです。気をつけてはいるのですが……」
「いえいえ。財務局では滅多にそのようなことはありませんし。人間ですから間違いは当たり前です」
「ありがとうございます。ところで……今回は何を?」
「こちらの書類です。政務局にまわさなくてはいけない物ではないでしょうか」
「あぁ、そうです。ウィスタ殿が見つけて下さらなければ、紛失となっていました。ありがとうございます」
「いえ。大したことではありません」

 バラナはその書類の署名欄を見ると、陰鬱気にため息をついた。バラナは日ごろそのような表情をあまり出さない人柄だとウィスタは認識していたので、不思議に思い問いかけてみる。

「その書類に何かありましたか?」
「いえ。実は……この書類を申請して来たのはレイト侯爵なのですが、侯の領地の村が盗賊まがいにいくつも襲われているようでして。村人全員が殺されるというなんとも凄惨な事件が起きているのです」

 どこかで聞いたことのあると思ったら、それは将軍に聞いた事件だった。

「私も将軍の所でそのお話を伺いました。非常に残忍な盗賊なようですね…。でも、いくつもそんな事件が起きているとは知りませんでした。将軍の書類には一つの村の被害状況しか記されていなかったので……」

 うっかりと将軍に返した書類の内容をしゃべってしまったが、どうやらバラナはそのことに気づいてはいないようだった。

「妻の義父のお友達の恩人がレイト侯爵のお父上だということで、私を頼って来てくださり、減税を求めてきました」

 よくわからないつてだ。

「そのような痛ましいことが起きているのなら、できるだけ候の領地の一時的な減税を認めたいと思っているのですが、なかなか議論する間も無くて。さすがに私の一存で決めることも できません。それに、侯の土地は前代の頃から、天候不良による不作が続いていて、その関係ですでに減税を行っています。ですので……これ以上の減税が難しいのが現状なのです」
「陛下に直接うかがってみてはどうでしょう」
「ええ。それも考慮に入れて、今どれくらい減税するか試算をしているところなのです。他の貴族達の反発がおこらない程度で、レイト侯爵の負担にならないように……と考えてはいるのですが、なにぶん、候の領地は僻地ではありますが非常に広大で、 被害状況の把握もままならないので、どこまで減税するべきか悩むところです」

 どうやら、バラナはこの痛ましい事件に心を痛ませると同時に、煩雑な仕事が増えて憂鬱になっているようだった。
 確かに、一人だけに度々減税を認めては、他の貴族から反発が起きるだろう。自分もあわよくば減税を認めてもらえるかもしれないと、訴え出る者も出てくるかもしれない。それが増えれば、さらに仕事が増えてしまい、悪循環に陥るだろう。

「あまり思いつめないようにしてください。まず、一つ一つ積み上げていきましょう。レイト候もご自身の領地のことですし、減税のために必要な情報として確かな被害状況を報告するようにお願いしたら、ちゃんと調べてくださいますよ」

 バラナは嬉しそうに「ありがとうございます」と丁寧なお礼をした。
 ウィスタは、今の自分の言葉は、所詮口先だけの言葉でしかないと思っていたので、バラナに礼をされて、後ろめたい気分になりながら執務室を出た。

「どうもさっきから、いい気分で執務室を出ることができないな……」

 ウィスタは肩を落としながら、文書館へと戻った。

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