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黄昏色の樹の下で |
一章 七話 |
騎士団の宿舎に併設されている、騎士団の執務室は文書館からとても遠い。 ノックをして執務室に入ると、秘書がどこかに出かけているのか一人もいなくて、将軍のアルシャが長いすに寝転がりながら、書類を読んでいた。 「アルシャ様……お久しぶりでございます。……おひげ、剃らないんですか?」 アルシャは大笑いしながら、長いすから起き上がった。そのアルシャの顔には、黒い無精ひげが生えていて、その日に焼けた野生的な顔立ちと合わせると、その姿はどこかの賊の頭のようだった。しかし、妙に身のこなしが良く、卑屈には見えないから、そこがそこら辺のゴロツキと将軍という地位にいる者の違いか。 「陛下には褒められたんだけどな。このひげ。宰相殿は汚い物を見るような目で見られたけどな」 その時の宰相の顔を思い出したのか、またおかしそうに笑い出した。 「ところで、また書類が紛れ込んでいたか?」 ウィスタの持っていた書類は、既読サインが途中までしかなかった。 「本当だ。危ねー危ねー。いつも助かるよ。ウィスタ」 騎士団は秘書を含めて、どうも大雑把な人間が多いらしい。他の局とは比べ物にならない程、多くの書類が紛れ込んでいる。何度もそれを保管庫に眠らせる前に救っているのが、ウィスタ達だった。 「ちゃんと確認してくださいと何度も……」 確かに昔よりかは少なくなってきているような気もする。しかし、だからと言って褒めるられる程には、まだ改善されていないようだった。 「せっかく来たんだから、茶くらい飲んでいけよ。手間をかけたわびだ」 だったらもっと書類管理を徹底してくれ、と思ったが、あえて言わずに相伴にあずかることにした。 アルシャは自分でお茶を入れる。それがまた上手なのだ。 「あぁ、この書類、宰相か国王に報告しようと思っていたものだ。本当に助かった」 ウィスタから受け取った書類を、ぱらぱらと読みながら、アルシャは言った。 「そんな大事な書類、私達が気づかなければ紛失となっていましたよ?」 相変わらずのんきな返答だった。しかも、その大事な書類をお茶の席に置きっぱなしでは、いつ汚すかわからない。 「これは、アルシャ様の机に移動しておきますね。汚してしまいそうなので」 隣の部屋からお湯を取って戻ってきていたアルシャは、茶葉を選んでいた。 「何か大きな事件でもあったのですか?」 でしゃばりかな、とは思ったが、ウィスタはふと思ったことをそのまま口に出した。 「その書類のことか?ちょっと北の方の村が襲われてな」 盗賊ごとき……というのは語弊があるかもしれないが、宰相や国王にまで報告するような大事ではあるまい。 「ちょっと気になることがあってな。読んでみるか?」 ウィスタは手渡されたお茶を受け取りながら「いいのですか」とお茶のお礼も忘れて聞いた。 「別に問題はないだろう」 それは北の寒村で起きた痛ましい出来事だった。山に一人住む少女が村から出る煙を見て駆けつけたところ、広場で丸腰の村人全員が 殺され、村には火が放たれていた……というものだった。 「なんとむごい。女も子どもも容赦なくですか」 ウィスタの見た限りでは、僻地を守っている朱金の隊に盗賊の捜索と討伐を任せ、後は事後報告でも充分に思えた。 「……少ないとはいえ、小さな村の村人全員を殺すには、集団で村を襲わなくてはいけないよな」 ウィスタは内心で、悲しくも殺された人たちを、人としてではなく、数として考える自分の思考に、必要なことと思いながらも少しだけ後ろめたさを覚えた。 「まぁ、小さな子どもや足腰の立たない老人もいるから、もっと少なくても大丈夫だろうがな。細かい人数は
今はどうでもいい」 はっと気づいた様子で、ウィスタはアルシャを見た。そして再び書類に目を通す。 「広場で、全員が?」 一国の将軍とは思えない物騒な発言に、ウィスタは思わず苦笑した。 「でも、全員が広場にいたんですよね」 考えているうちにせっかくのお茶が、飲まないうちに冷めていた。ウィスタはそれを無理矢理一口飲む。 「年頃の娘なども等しく全員を殺している形跡がある。人だって売れるんだぜ?そういうこともあって、ちょっと普通とは
違う盗賊だと感じた。俺の勘でも、この事件はおかしいと感じた。だからこの件を上へ持っていくことにした」 少し投げやりに、アルシャは言った。どうも、考えすぎて疲れたようだった。 「何かわかりやすい特徴があったとか。仮面でも隠せないような」 本当に、ぱっとした思いつきだったから、アルシャにそこまで言われて少々恐縮だった。 |
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