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黄昏色の樹の下で

一章 七話

 騎士団の宿舎に併設されている、騎士団の執務室は文書館からとても遠い。
 ウィスタは鐘が六つ鳴る頃に文書館を出て、執務室へたどり着いた時には、近道を選んでいたにも関わらず、鐘が七つ鳴っていた。

 ノックをして執務室に入ると、秘書がどこかに出かけているのか一人もいなくて、将軍のアルシャが長いすに寝転がりながら、書類を読んでいた。

「アルシャ様……お久しぶりでございます。……おひげ、剃らないんですか?」
「あぁ、ウィスタか。久しぶりだな。というか、会ってすぐの言葉がそれか」

 アルシャは大笑いしながら、長いすから起き上がった。そのアルシャの顔には、黒い無精ひげが生えていて、その日に焼けた野生的な顔立ちと合わせると、その姿はどこかの賊の頭のようだった。しかし、妙に身のこなしが良く、卑屈には見えないから、そこがそこら辺のゴロツキと将軍という地位にいる者の違いか。

「陛下には褒められたんだけどな。このひげ。宰相殿は汚い物を見るような目で見られたけどな」

 その時の宰相の顔を思い出したのか、またおかしそうに笑い出した。

「ところで、また書類が紛れ込んでいたか?」
「……ええ。こちらはまだ未決ではないでしょうか」

 ウィスタの持っていた書類は、既読サインが途中までしかなかった。

「本当だ。危ねー危ねー。いつも助かるよ。ウィスタ」

 騎士団は秘書を含めて、どうも大雑把な人間が多いらしい。他の局とは比べ物にならない程、多くの書類が紛れ込んでいる。何度もそれを保管庫に眠らせる前に救っているのが、ウィスタ達だった。

「ちゃんと確認してくださいと何度も……」
「いやー。しているんだけどな。どうしても」

 確かに昔よりかは少なくなってきているような気もする。しかし、だからと言って褒めるられる程には、まだ改善されていないようだった。
 諦めたような顔をして退室しようとするウィスタを、アルシャは引き止めた。

「せっかく来たんだから、茶くらい飲んでいけよ。手間をかけたわびだ」

 だったらもっと書類管理を徹底してくれ、と思ったが、あえて言わずに相伴にあずかることにした。 アルシャは自分でお茶を入れる。それがまた上手なのだ。

「あぁ、この書類、宰相か国王に報告しようと思っていたものだ。本当に助かった」

 ウィスタから受け取った書類を、ぱらぱらと読みながら、アルシャは言った。

「そんな大事な書類、私達が気づかなければ紛失となっていましたよ?」
「まぁ、そうならなかったから、よかったよかった」

 相変わらずのんきな返答だった。しかも、その大事な書類をお茶の席に置きっぱなしでは、いつ汚すかわからない。

「これは、アルシャ様の机に移動しておきますね。汚してしまいそうなので」
「あ、あぁ。助かる」

 隣の部屋からお湯を取って戻ってきていたアルシャは、茶葉を選んでいた。

「何か大きな事件でもあったのですか?」

 でしゃばりかな、とは思ったが、ウィスタはふと思ったことをそのまま口に出した。

「その書類のことか?ちょっと北の方の村が襲われてな」
「誰にでしょう」
「恐らく盗賊か何かだと思う」
「それを国王に?」

 盗賊ごとき……というのは語弊があるかもしれないが、宰相や国王にまで報告するような大事ではあるまい。

「ちょっと気になることがあってな。読んでみるか?」

 ウィスタは手渡されたお茶を受け取りながら「いいのですか」とお茶のお礼も忘れて聞いた。

「別に問題はないだろう」

 それは北の寒村で起きた痛ましい出来事だった。山に一人住む少女が村から出る煙を見て駆けつけたところ、広場で丸腰の村人全員が 殺され、村には火が放たれていた……というものだった。

「なんとむごい。女も子どもも容赦なくですか」
「あぁ」
「しかし、これをどうして……」

 ウィスタの見た限りでは、僻地を守っている朱金の隊に盗賊の捜索と討伐を任せ、後は事後報告でも充分に思えた。

「……少ないとはいえ、小さな村の村人全員を殺すには、集団で村を襲わなくてはいけないよな」
「ええ。そうですね」
「どれくらいの人数が必要だと思う?」
「えーっと……この村は人口がおよそ八十人。ですので、全員を殺すとなると……一人あたり五人の人間を殺すと考えて、十六人程度でしょうか。素人計算ですが」

 ウィスタは内心で、悲しくも殺された人たちを、人としてではなく、数として考える自分の思考に、必要なことと思いながらも少しだけ後ろめたさを覚えた。

「まぁ、小さな子どもや足腰の立たない老人もいるから、もっと少なくても大丈夫だろうがな。細かい人数は 今はどうでもいい」
「はぁ」
「もし、ウィスタがこの村人だとして、その十六人の荒ぶれ共が、突然村に来たらどうする?」
「女や子どもを逃がすために、剣を取るかと思います。役に立つかは別として――」

 はっと気づいた様子で、ウィスタはアルシャを見た。そして再び書類に目を通す。

「広場で、全員が?」
「そうだ。普通に考えるならば、逃げるなり抵抗するなりするだろう。脅されて強制的に集められたとしても、混乱に乗じて逃げようと する者や、子どもをどこかに隠す親、驚いて腰を抜かして動けなくなった老人……広場に集まることの無い村人だっていたはずだ。 しかし、それが誰もいなかった。盗賊ってのはいちいち全員を丁寧に集めてから殺すのか?俺だったらしない。逃げ出した奴は追いかけてその場で殺す。 その場で動けなくなった人間にもそうする。ガキは山奥の村に一人や二人残されても、生き延びられるとは思えない。何よりも念入りに火を放っているんだ。 村のどこかにいれば焼け死ぬ可能性は高いんだから、特に必要がなければ放っておく」

 一国の将軍とは思えない物騒な発言に、ウィスタは思わず苦笑した。

「でも、全員が広場にいたんですよね」
「一応こちらに届けられている村民の数と遺体の数がおおよそ合ったからな。ま、田舎の村の届出が正確な可能性は低いから、許される範囲の誤差だろう。 それに焼け跡から遺体は出なかったし、周囲の森も探索したが人影も死体も見当たらなかったらしい。その広場で殺された人間が全員だと思って まず間違いないだろう。――ウィスタだったらどうして全員が広場に集められたと思う?どうして全員が集まったと思う?」
「うーん……集められた理由は、証拠を残したくなかったから、でしょうか」
「どんな証拠だ?」
「えーっと……目撃者とか?」
「目撃者がいて人相書きが出回ることを恐れてっていうのもわかるが、こんな手間かかることをするかなぁ。それに仮面をかぶるなりすれば人相書きが出回るのもほぼ無意味だ。同じように早期発覚を恐れて……というのも考えたのだけどな、これもしっくりこない」
「難しいですね……」

 考えているうちにせっかくのお茶が、飲まないうちに冷めていた。ウィスタはそれを無理矢理一口飲む。

「年頃の娘なども等しく全員を殺している形跡がある。人だって売れるんだぜ?そういうこともあって、ちょっと普通とは 違う盗賊だと感じた。俺の勘でも、この事件はおかしいと感じた。だからこの件を上へ持っていくことにした」

 少し投げやりに、アルシャは言った。どうも、考えすぎて疲れたようだった。

「何かわかりやすい特徴があったとか。仮面でも隠せないような」
「ほー。それはありえるかもしれないな。しかし仮面でも隠せない特徴とはなんだ……」
「……。わかりません。でも、もしかしてそれがわかれば、どのように村人を集めたのかもわかるかもしれませんね」
「まぁ……希望的観測だがな。しかし、良い案を聞いた。少し検討してみよう。ありがとう」
「いえ。大したことでは……」

 本当に、ぱっとした思いつきだったから、アルシャにそこまで言われて少々恐縮だった。
 結局、後は他に何も思いつかないまま、ウィスタは執務室を出た。

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