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黄昏色の樹の下で

一章 六話

 重そうな荷馬車が一台、ホド国の国境を越えようとしていた。

「ここで止まれ!」

 国境付近に設けられた関所の門の前に立っていた騎士のアレンが声を上げると、馬が一声いなないて止まった。

「お役目ご苦労様でございます」

 荷馬車から腰の低い男が降りてきた。

「通行許可証を」

 アレンは自分が童顔だという自覚があるために、門番をしている間はできるだけ威丈高に振舞う。本当はそんなことは苦手だったのだが、それで関所を通る人たちに軽んじられると、場合によっては舐められた挙句に問題が起こるかもしれないからだ。
 しかし、アレンがいくら虚勢を張っても微笑ましいだけという落ちなのだが、それでも今日もアレンは精一杯虚勢を張っている。

「はい。こちらでございます」

 男は手馴れたように、手に持っていた折りたたまれた許可証を渡す。アレンはその許可証を確認すると「次は荷を改めさせてもらう」と言うと荷台に寄った。
 荷台には、彫刻、本、木箱の中にはタペストリーや服、布など、高級そうな品々がまったく統一無く並べられていた。

「随分とたくさんあるな」
「はい。奥様がキシン国の品を非常に好んでおりまして」

 平民出のアレンは、こんなのに金をかけて何がいいのか理解できない、と言いたげな顔をすると「この程度の数だったら関税はかからない物ばかりだから、 このまま通ってよい」と通行許可証に判を押すと道を開けた。

「ありがとうございます。失礼いたします」

 男の合図で御者が鞭をふるうと、馬は再度いななき、動き出した。
 この関所は下手をしたら一日中誰も通らない日もあるほど、人通りが少ない。アレンは、今日はあとどれくらい人が通るだろうなぁと、また雨が降りそうな空を眺めながら、のどかに考えていた。


そろそろ昼飯時かと、同じく門に立っていた同僚と話していると、ホド国側から馬が遠くから駆けてくるのが見えた。
 アレンが静止の声を張り上げると、馬に乗った質素な身なりをした男が驚いたように馬を止めた。その身軽な装備に、国境を越える者とは思えず、いぶかしげな顔をする。

「き、騎士様っ。あのあの、隣村が……っ」

 慌てて馬から降りてアレン達に訴えるが、どうも要領が得ない。

「どうした。何かあったんだ?」
「隣村が、皆殺されて、死んでて……っ」

 物騒な単語が出てきて、困惑顔だったアレン達の顔が引き締まる。

「どういうことだ?!いや……その場所まで連れて行け。道中話を聞こう。今馬を用意するから待っていろ」
「は、はい」

 アレンは詰め所にいた騎士に事情を説明し、二人の騎士と共にそれぞれの馬に飛び乗った。

「道中話せ。いったいなぜ殺されている」
「わ、わかりません。皆殺されていたので、いったい何が起きたのか。恐らく盗賊に襲われたのかと思うのですが」

 男が乗っている馬は軍用馬ではない上に、長時間走り続けたせいか疲労の色が濃い。そのため速度が出ず、要領の得ない説明もあって、併走していたアレン達はもどかしく感じた。しかし、だんだん落ち着いてきた男は、筋道をしっかりと立てて説明ことができるようになってきて、ようやく状況がわかりはじめてきた。

「――まず、その襲われた村を一番最初に発見した、その少女から話を聞きたい」
「はい。隣村に他の村人と一緒におります」
「そうか。このことを領主には?」
「それが、領主様のお屋敷へ向かう途中のリリン川に架かった橋が、ここ最近の雨で決壊してしまって、通れないのでございます。使いのものはもう出発させていますが、遠回りをしているので、領主様のお屋敷に着くのには非常に時間がかかるかと。しかし、その間そのままにしておくのも恐ろしく、相談の結果、騎士様にお助けを請おうと思った次第でございます」
「そうか」

 本来ならば領土内の問題に騎士が立ち入るのは良くない。しかし、そういう事情があるのならば、聴取等を先にすませて 男の村の人間を少しでも安心させる方が得策だ。領主の使いが来たら、すぐに引継ぎをすればさほど問題もないだろう。 男の馬がとうとうへばったのか、歩くような速さになる。

「騎士様、この道は一本道でございます。まっすぐ進めば村に着きますので、その村に留まっている者に事情を聞いてください。 私は後からこの馬と一緒に行きます」

 そう先を促した。アレン達は頷くと、鞭をいれて馬を走らせた。
 なかなか村が見えず不安になり始めた頃に、燃やされた村が見えた。おおよそ話に聞いてはいたが、想像以上だった。
 村の入り口付近まで近づくと、青い顔で座っている数人の男達が見えた。恐らく先ほどの男の村の人間なのだろう。

「使いが来たので参った。早速だが状況を聞こう」
「は、はい。騎士様。わたくしはこの山向こうにある小さな村の村長をしておりますダルクと申します。僭越ながら、 わたくしから説明させていただきます」

 ダルクから聞いた内容は、使いの男とほとんど同じだった。
 少女――イリナは、山の中を歩いているときに煙の臭いがして、何が起きたのかと山の上の高台から周囲を見渡してみたところ、この村が燃えているのを見つけたという。 燃えた村に行ってみると、村人全員が殺され、家がすべて焼かれているのを発見した。そして複数の馬の足跡があったので、 それをたどってみたが、途中でそれは消えていた。
 それからもとの村に戻り、村長を含めた数人を従えてこの村まで来て、相談をし、領主へ使いを出すことにした。しかし、当のリリン川に行ってみると橋が決壊していたために、再度相談の結果、次の日に関所の騎士へ助けを求めようということになった、というわけだった。

「最初に発見した少女に話を聞きたい。ここにいると聞いたが?」
「はい。今この村の中にいます。しかし、あの娘は異国から流れてきた者でして、まだこちらの言葉をうまく使えません。 どうぞ、ゆっくりとした言葉で話しかけてやってください」
「わかった」

 犯人を追跡しようとしたことといい、今一人で死体だらけの村の中にいるといい、その少女はどれほど怖いもの知らず なのだと、アレン達は呆れ顔だった。

「村の中を見させてもらう。まず、広場を見せてくれ」
「は、はい。こちらでございます」

 広場にはおびただしい死体があるという。その死体を見たことを思い出したのか、ダルクは青い顔をした。
 入り口をまっすぐ進むと、小さい村のためか割り合いすぐに広場に出た。

「う……」

 死体を見たことが無いとは言わないが、それでもこんなむごい様子をアレンは初めて見た。思わず口を手で覆う。村が燃え出た煙の臭いが残っているせいか、鳥や獣も死体を狙ってきたりはしなかったようだが、雨に降られて一両日ほど放置されたと思わしき死体からは腐臭が漂い始めていた。
 その死体の側で、話に聞いた少女が立っていた。血に汚れた土が靴を汚していたが、気にしていないようだった。よくよく耳をそばだてると少女は歌っていた。

「この……歌は?」

 誰に問いかけたというわけでもない。聞いたことは無い歌だったが、無残に殺された人々の鎮魂のために歌っているのがわかった。高い音は少しかすれてはいたけれども、何かが損なわれることはなく、腐臭にまみれたその場をひどく清涼な空間にしていた。
 唐突にその歌は終わって、少女は背を向けていた騎士達に振り向き、黒い瞳がまっすぐと騎士達を見た。

「だれ」
「あ、あぁ、私は関所から来た騎士だ。朱金の隊に所属している」
「私、イリナ」
「私はアレンという」

 普段ならその不躾な行為を不快に思いそうだが、今はさっきの歌の名残か、ひどく感情が穏やかだった。

「少し聞きたいことがある」

イリナは一つ頷いた。

「発見したときに、不振な人影を見なかったか?」
「見なかった。誰も、いなかった」
「足跡を追跡したということだが、どこまでその足跡は続いていたか」
「ツイセキシタ?」
「えー。その足跡をたどって、犯人を追いかけようとしたのだろう?どこまで追いかけることができたのか教えてほしい」

 あぁ、と納得したそぶりを見せて、指を指した。

「あそこ、ずっと先。川ある。そこからわからない」
「なるほど……足跡を消したか」

 他にもいくつか質問したが、あまり芳しい証拠は得られず、最後に諦めたように「何か不審に思ったことはあるか」と尋ねた。不審という言葉がわかるか 不安だったが無事に通じたようだった。

「村の人、みんなここ」

 何も無いかと思ったら、予想に反してイリナ口を開いた。しかし、出た言葉はまるで当たり前のことを言っていて、どこが 不審なのかと、眉をしかめた。

「どういうことだ?」
「森、村人いない。家、村人いない。なぜ」

 わかりにくかったが、村人がここにしかいなくて、森や家の中にはいないということを言いたいのだろう。

「きっと、脅されて強制的に集めさせられたのだろう」

 隣にいた騎士がしばらく考えているそぶりを見せたが、突然に何かに気づいたように顔をあげた。

「確かに、少し不審かもしれない」
「――どういうことだ?」

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