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黄昏色の樹の下で

一章 二十九話

 治療を受けててから、2日程、イリナは怪我による発熱で寝込んだ。しかし、その熱がひくとケロリとして天幕から這い出て、呆れることに、村の復興に手を貸そうとした。

 村では、土砂崩れが起きた次の日から、騎士の指示の下で、壊れた建物などの修理が行われていた。

「今日は、まずは柵の修理だ!力の無い者は畑に転がり込んでいる小石を取り除いたり、苗を植え替えたりする作業を」

 一人の騎士が指示を出して作業を進める。土砂崩れが起きてからこちら、村人は何かと騎士達に頼るようになっていた。
 イリナはその様子を石に座って眺めていた。天幕から出てきたイリナが、作業を手伝おうとしたところ、すっとんできた医者に止められた挙句、長々と説教をされたのだ。小さいイリナが叱られて更に小さくなる様を見て、村人も騎士達も笑っていた。
 イリナがマルテを助けて怪我をしたことは村にも伝わっていたために、村人もそろって手を貸そうとするイリナを止めていた。
 医者に怒られたのが相当こたえたのか、イリナはそれからは、無茶なことをしようともせず、小さな子どもの見張りと遊び相手をしたり、じっと村人達が修理のために動き回っているのを退屈そうに見たりしていた。

「イリナ殿、怪我の調子はどうだい」

 マルテが笑いを含んだ声で話しかけてきた。

「もう、大丈夫」

 イリナは包帯が巻かれた手を差し出して、握ったり開いたりしてみせた。包帯で傷口は見ることは出来なかったが、軽く動かしても、支障は出ないほどには治っているようだった。
 その回復力に、マルテは少し目を見張ったが、イリナならそれもありえるかもしれない、と無理矢理納得した。

「叱られて、大人しくしていたおかげかもね」

 医者に叱られた一件をからかうように言った。

「あの人、こわい」

拗ねたようにイリナが答える。

「そういえば……まだちゃんとお礼を言ってなかったね。イリナ殿が助けてくれなかったら、私は死んでいた。ありがとう」
「うん」

 相変わらず村人や騎士達が働く様子を眺めているイリナを見ながら、マルテは悩んでいた。今回の事件に、イリナは関係していないことは、頭では理解していた。しかし、イリナの言動には違和感や疑問があるために、ひっかかりがとれないでいた。この中途半端な状態から脱したかった。

「イリナ殿はずいぶんと力があるのだね。私を背負ってあんなに速く走ったのには驚いた」
「うん。私の国、たまに生まれる。異質な人間」

 それは幼い子どもとは思えない言葉だった。そこには何の感情も無く、良いこととも悪いこととも思っていないようだった。

「……イリナ殿の生まれた国はどこなんだい?」
「ずっと遠く。島。――もうない」

 それは何かの理由で、イリナの国は滅んだ、ということだ。

「それは……失礼をした」
「昔のこと」

 気にするな、ということなのだろうか。イリナは相変わらずどんな心の動きも表に出してはいなかった。

「マルテ達、私疑う。知っている」

 唐突に突きつけられた言葉に、次の言葉を探しかねていたマルテは目をしばたたかせた。

「気づかれているかもしれないとは思っていたがやっぱりか。どうして弁明をしなかったんだ?」
「べんめい?」
「自分ではないと説明することだ」
「私、自分ではない、と言うしかできない。証拠、ない。弁明、意味ない」
「確かにそうだな。……では、いきなり目をあわせなくなったのは?」
「目? マルテ達、見られる、嫌と感じる。そう思った。だから目あわせない。嫌、違う?」

 思ってもみなかったことを聞かれた、というようにイリナは少し困惑した様子だった。

「私達がじっと見られるは嫌だと思ったから、目をあわせないようにしたのか?」
「そう」

 マルテは苦笑しながら、村長の言葉を思い出していた。隣村のおかしな点に気づいたのは、イリナが最初だということも知っていたはずなのに、どうして、そのことを忘れていたんだろう。イリナは聡い子だ。そして、鋭い。

「イリナ殿はよく物事を見ているのだな……。少々知恵を借りたい」
「なに?」
「隣村が盗賊に襲われた事件のことだ。知っているかもしれないが、他にもいくつもの村が襲われている。そしてこの事件には不審な点がいくつかある。まずはそこに住んでいる人間が全員一箇所に集められて殺されていることだ。どうしてこんな手間がかかる方法をとっているのか。もう一つは、他の場所では確認していないが、荷馬車などを使っている形跡が無い。荷馬車などなしに、盗品をどうやって運んでいるのか、ということだ。イリナ殿はどう思う?」

 マルテの説明を、イリナは黙って聞いていた。その無反応さに、少し熱くなりすぎたかと、マルテは心を落ち着かせるようにため息をつく。

「まぁ、何か思いついたら教えてくれ」
「あれ」

 すっとイリナは目の前で働いている、騎士と村人達を指差した。

「あれって……うちの騎士と村の人たちがどかしたのかい?」
「マルテ達、この村に来たとき、村の皆、集まっていた」

 そうだ。確かあの時は困る程、村の人間が騎士を見るために集まっていた。呼びもしないのに。
 マルテは、あと少しで手がかりをつかめそうな感覚があった。しかし、それはあと少しというところで、ひらりとマルテの手からすり抜ける。

「確かに……そうだが……」
「もし、マルテ達来た時、村長に言う。村人全員広場に集まれ。そうしたら、皆集まる」

 心臓がドキドキした。寒くもないのに、鳥肌が全身を覆う。イリナの言うとおりだ。そうすれば、すぐに村の人間全員が簡単に集まる。

「……と、いうことは、うちの騎士達……朱金があのような行為を?」

 アレンの顔が思い浮かぶ。あの笑いは偽物なのか? 「ちがう!」と、頭のどこかから声が聞こえる。朱金ではない、そういう可能性だってあるはずだ、しかし、冷静でない頭ではその可能性を見出すことができなかった。

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
「どういうことだ」

 イリナの言葉にすがるように聞く。

「騎士みたいな人、それでも、私達、本物騎士と思う。それに、騎士、それでなくてもいい」

 マルテははっとした。そうだ。このくらいの田舎の人間は、騎士の正装など詳しくは知らない可能性が高い。

「確かにそうだ。それらしく装えば、騙すこともできる」

 そっと、イリナは立ち上がり、それにつられるようにマルテも立ち上がる。

「他、襲われた村、場所知りたい。もっと、気になること、ある」

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