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黄昏色の樹の下で

一章 二十四話

 山を見回っていたイリナ達は、雨脚が強まったのを機にその日の捜索を打ち切ることにした。ウィド達は途中の道での別れ際、明日も引き続き捜索への協力の約束をとりつけて別れた。
 「連日で申し訳ない。謝礼は必ずする」と言うウィドに、相変わらずの無表情で「うん」と答え、走り去った。
ウィドが天幕に戻ると、すでにマルテは戻っていた。

「あまり収穫はありませんでしたが、一応イリナ殿の母国の言葉らしい字と、地図を写してきました」
「見たことのない字だな」
「私もです。とりあえず、今日の報告で他の者にも見せてみようかと思います」

 しかし、やはりと言うべきなのか否か、その日の夜の報告会議でマルテが見せた手帳の字に誰も心当たりがない様子だった。

「遠い国なのかもしれませんね」
「ですので、ウィスタ様に伺ってみようかと思います」
「そうだな。もしかしたら知っているかもしれない」
「あと、この山の地図で一番書き込まれていた場所へ行ってみたいと思います」
「そうだな。それはマルテに頼もう。そこも不審なことがなかったら、イリナ殿がこの事件に関与している可能性はほぼないと 見ていいだろう」

 その場にいた面々は頷いた。
 しかし、そうなると後は盗賊が現れるのを待つしかないということになる。幸か不幸か、今のところはまだ盗賊達は息をひそめているようだ。

「レイト侯爵と協力できたらいいんだがなぁ。盗賊にも侯爵にも隠れながら……というのが難しい」
「確かにそうですね」
「協力して大々的に山狩りをすれば、炙り出せそうなものだがな」
「私もそう思います」
「どうやら、隣村の惨状を調べた後は一回もこちらには来ていないようだが……レイト侯爵の兵は何をしているんだろうな」
「さぁ……さすがにわかりかねます」

 近隣の村を監視していた騎士達はレイト侯爵の兵を見かけない。

「あっちも隠密で動いているんだろう。無闇に接触してゴタゴタするのは嫌だから慎重にいかねば」

 結局あまり話は進展しないまま現状維持という結論に達し、解散となった。


 ウィド達と別れたイリナは、小屋へ戻ると寝室のドアの前でしゃがんだ。
 そのドアの下には小さい釘が一本刺してあり、その水平方向の位置の壁にもう一本同じような釘が刺してあった。イリナは外に出る前にこの釘に細い糸を張った。誰かがドアを開ければその糸がちぎれるように。
 ホムラがその釘にまとわりついているちぎれた糸に顔を寄せてぴくぴくと鼻を動かすと、心配そうな声で鳴いた。それに答えるようにイリナは ホムラの頭をなでる。

「大丈夫。大切な物、全部、ここにはない」


---

 次の日もウィドと数名の騎士はイリナの小屋へと向かい、マルテはマルテでイリナの地図の印がある位置には何があるのかを 調べにそれぞれ山へと入っていった。

「イリナ殿、今日もよろしく頼む」
「うん」

 昨日と同じように大きなカバンを肩から提げて、イリナは小屋から出てきた。ホムラも一緒らしい。

「今日、マルテ、いない?」
「ああ。別行動でこの山を探索している」

 鉢合わせをしてしまった場合を考えて、一応マルテはこの山にいるということだけは嘘をつかなかった。

「そう」
「早速出発しよう」
「うん」

 イリナは走り出したのを見て、ウィド達も馬を走らせる。
 ウィドは斜め前方を走るイリナの姿を見ながら、イリナのタフさに舌を巻く。
 連日山を馬と同じ速さで駆け回っているのに、 疲れの色を見せない。ウィドだって鍛えている。それなのに長い旅の直後のせいか、ここ数日で一気に疲労が蓄積しているのがわかる。

――人間ではないようだ。まるで……

「魔族……」
「え?」
「いや……なんでもない」

 ウィドの呟きに反応した騎士に首をふって答えながら、頭に思い浮かんだ言葉を打ち消した。
 魔族には、尋常じゃない体力や力を持つものもいると聞く。しかし、そもそも魔族は人とは異なる姿かたちをしている。
 魔族の全ての種族を知っているわけではないから、人間のような魔族がいるかもしれない。例えばイリナのような少女の姿の魔族が。

 だが――

 ウィドはその考えを否定する。過去、人間が魔族を酷く虐げた過去があるために、多少例外はあるが基本的に魔族は人と関わるのを嫌う。だから、このように人間の生活に馴染んでいるイリナが魔族とは思いがたい。
 馬鹿馬鹿しいと、ウィドは手綱をぎゅっと握った。

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