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黄昏色の樹の下で |
一章 二十二話 |
午後になり小雨がやむと、ウィドはイリナの住む小屋を訪ねることにした。 「口実はなんでもいいのですよ。適当に、再度発見時の様子を聞きたいー、とか」 実際は小屋に誰か立ち入っている様子はないか、もしくは近くに誰かが隠れられるような場所が無いかを探すため。 「ずいぶんと山奥に住んでいるのですね」 村長から借りた地図を見ながら、比較的まともだった道からそれてほとんど獣道のような荒れた道を少々不安になりながら進んでいると、 草陰から物音がした。すわ盗賊か、と身構えたところで「私」と覚えのある声がした。草陰から出てきたのはイリナだった。 「あぁ、イリナ殿か。丁度イリナ殿の家に向かっているところだったのだ」 コクリと頷くと、イリナはその獣道の先を指差しながら言った。 「わかった。こっち」 途中馬から下りて徒歩で進むことにはなったが、イリナの先導で小屋へは予想よりも簡単に着いた。 「何の薬草、いる?」 薬草の件はイリナの家に行くための口実だったために、そこまであまり考えていなかったウィドは少し慌てた。 「腹下しと、痛み止めと、切り傷に効く薬草をいただきたい。もし複数あれば全部持ってきてもらえると助かる。私たちが 知っている薬草があればそっちの方をもらいたいのだけど、いいかい?」 ウィドの代わりマルテが答える。 「わかった」 そういうと、別の部屋へと行ってしまった。ウィド達はお茶も出されずにほうっておかれて、どことなく手持ち無沙汰な感がしていたが、マルテは如才なく部屋を観察していた。 「持ってきた」 戻ってきたイリナの手には色々な種類の干した草や根、木の皮等があり、それを並べて名前や効能を説明する。マルテはそれぞれを手で取ってみて草の状態を確認し、いくつか選んで持って帰ることとした。 「助かった。ありがとう」 思いのほか良質の薬草を手に入れられて、機嫌よくウィドは礼を言う。 「ところで……椅子が複数あるけど、誰かと一緒に住んでいるのかい?」 ふと思いついたようにマルテは尋ねた。 「これ、お客用」 この部屋には三脚の椅子があった。そして寝室と思われる場所からもう一脚を持ってきて、合計四脚の椅子が今ここにある。 「なるほど。そんなによくお客さんがくるのかい?」 その名前を頭に刻む。後で村に戻ったらイリナのことを聞いてみようと思っていた。 「そういえば、盗賊が跋扈しているのだから、ここで一人は危ないんじゃないかな?しばらくの間村にお世話になったほうがいい。
私たちも心配だ」 マルテはイリナに何か違和感を感じていた。しかし、それが何かわからない。 「私、強い、足はやい。私、よそから来た。今、私、村住む、みな不安」 所詮イリナはよそ者だ。いくら村の人間達と良好な関係が築けていたとしても、この不穏な時期に村に住むと、村人は不安がるだろう。 「まぁ、確かにそうだね。――もし君の故郷の身分を確認できるのなら、私たちが君の身元を保証するよ。そうすれば村にも住める。 どうだろうか」 イリナは首をふった。 「遠慮をせずに……」 しかし目が合ったときに、一瞬だけイリナはちらりと強い警戒の色を見せた。そしてそれは、すぐに黒い瞳の中に沈んでいった。 「イリナ殿、重ねて申し訳ないがこの山の中を案内してくれないか? 念のためこの山に盗賊がひそんでないかを確認しておきたい」 「うん」 ウィド達はイリナに水をもらい、薬草をしまい、外に出て草を食んでいた馬に水をやる。 「中隊長、ありがとうございます」 さっきイリナへの質問を止めたことだ。 「いや。私も止めるのが遅すぎた。すまなかった」 え?という顔をして、ウィドを見上げた。しかし、ウィドは遠くの木々を見ているだけだった。 「しかし、途中でマルテ殿は気づいた。薬草の代金を払っていないことを。これはいけない、と律儀なマルテ殿はすぐさま 取って返すことにしたが、残念なことにイリナ殿を含めた一団はすでに出発をしていた……と」 ようやく、マルテを見てにやりと笑う。 「後は、聡明なマルテ殿にお任せする」 ウィドは少し顔をしかめながら続けた。 「イリナ殿を疑いの目で見たくは無い。そのためでもある」 |
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