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黄昏色の樹の下で

一章 二十二話

 午後になり小雨がやむと、ウィドはイリナの住む小屋を訪ねることにした。
 どう言い訳してイリナの小屋へと乗り込もうかと思案していたウィドに、マルテは軽い調子で言った。

「口実はなんでもいいのですよ。適当に、再度発見時の様子を聞きたいー、とか」

 実際は小屋に誰か立ち入っている様子はないか、もしくは近くに誰かが隠れられるような場所が無いかを探すため。
 誰か、とは言うまでもなく盗賊だ。
 村長にイリナの山小屋のある場所を聞き、ウィドを含めた4人の騎士が旅の者とその護衛を装って出発する。

「ずいぶんと山奥に住んでいるのですね」
「あぁ、この山自体も小さくない。その奥に住んでいるとなると、村に下りてくるのでさえ一苦労だ。しかし、そのおかげであの 脚力なのかもしれない」
「なるほど」

 村長から借りた地図を見ながら、比較的まともだった道からそれてほとんど獣道のような荒れた道を少々不安になりながら進んでいると、 草陰から物音がした。すわ盗賊か、と身構えたところで「私」と覚えのある声がした。草陰から出てきたのはイリナだった。

「あぁ、イリナ殿か。丁度イリナ殿の家に向かっているところだったのだ」
「私の?」
「えー。薬草を少し分けていただけないか。金は払う」

 コクリと頷くと、イリナはその獣道の先を指差しながら言った。

「わかった。こっち」

 途中馬から下りて徒歩で進むことにはなったが、イリナの先導で小屋へは予想よりも簡単に着いた。
 小屋は補強した形跡があるが、小さいながらもしっかりとした作りだったし、外から見ると大の男が四人も入れるだろうかという心配も、思いのほか室内が広かったために問題はなかった。
 椅子が四つしかなかったために、イリナは立ったまま椅子を騎士達にすすめた。

「何の薬草、いる?」
「あ?えぇっと」

 薬草の件はイリナの家に行くための口実だったために、そこまであまり考えていなかったウィドは少し慌てた。

「腹下しと、痛み止めと、切り傷に効く薬草をいただきたい。もし複数あれば全部持ってきてもらえると助かる。私たちが 知っている薬草があればそっちの方をもらいたいのだけど、いいかい?」

 ウィドの代わりマルテが答える。

「わかった」

 そういうと、別の部屋へと行ってしまった。ウィド達はお茶も出されずにほうっておかれて、どことなく手持ち無沙汰な感がしていたが、マルテは如才なく部屋を観察していた。
 部屋には水がめやかまどがあり、小さな作り付けの棚には食器もいくつかある。ここは調理をする場でもあり食事をする場でもあり、今のように客人を 迎える場でもあるということか、とマルテはあたりをつけた。
 きっちりと整頓されているところを見ると、結構几帳面なのかもしれない。
 ここにはベッドもないから、イリナが出て行ったドアとは違うもう一方のドアの先が寝室というところだろう。外から見た限りではそれ以上の部屋はなさそうだ。

「持ってきた」

 戻ってきたイリナの手には色々な種類の干した草や根、木の皮等があり、それを並べて名前や効能を説明する。マルテはそれぞれを手で取ってみて草の状態を確認し、いくつか選んで持って帰ることとした。

「助かった。ありがとう」

 思いのほか良質の薬草を手に入れられて、機嫌よくウィドは礼を言う。

「ところで……椅子が複数あるけど、誰かと一緒に住んでいるのかい?」

 ふと思いついたようにマルテは尋ねた。

「これ、お客用」

 この部屋には三脚の椅子があった。そして寝室と思われる場所からもう一脚を持ってきて、合計四脚の椅子が今ここにある。

「なるほど。そんなによくお客さんがくるのかい?」
「リリィ」
「リリィ? 村の娘さんかな?」
「そう」

 その名前を頭に刻む。後で村に戻ったらイリナのことを聞いてみようと思っていた。

「そういえば、盗賊が跋扈しているのだから、ここで一人は危ないんじゃないかな?しばらくの間村にお世話になったほうがいい。 私たちも心配だ」
「大丈夫」
「大丈夫に思えないから私たちは心配しているんだ。……いったいどこからその安心が来るのかい?」

 マルテはイリナに何か違和感を感じていた。しかし、それが何かわからない。

「私、強い、足はやい。私、よそから来た。今、私、村住む、みな不安」

 所詮イリナはよそ者だ。いくら村の人間達と良好な関係が築けていたとしても、この不穏な時期に村に住むと、村人は不安がるだろう。

「まぁ、確かにそうだね。――もし君の故郷の身分を確認できるのなら、私たちが君の身元を保証するよ。そうすれば村にも住める。 どうだろうか」

 イリナは首をふった。

「遠慮をせずに……」
「マルテ、いくらイリナ殿が心配だからって、そんなに質問責めだと女性に失礼だぞ?」
「大丈夫」

 しかし目が合ったときに、一瞬だけイリナはちらりと強い警戒の色を見せた。そしてそれは、すぐに黒い瞳の中に沈んでいった。
 それを見てマルテは内心冷や汗をかいた。引き際を誤ったことに気づいたからだ。イリナがあまりにも軽く答えるものだから 頑是無い子どもを相手にしているように思ってしまっていた。

「イリナ殿、重ねて申し訳ないがこの山の中を案内してくれないか? 念のためこの山に盗賊がひそんでないかを確認しておきたい」
「いない。山、いつもいっぱいの場所、私見てる」
「イリナ殿がこの山を見回っていることは知っているのだが、私自身の目でも確認しておきたい。また、いざこの山に盗賊が逃げた 時、隠れられる場所を知っておけば対処がしやすい」
「そうか。わかった。今から?」
「山の天気は変わりやすい。雨が降っていない今のうちに少しでも動いておきたい」
「わかった。着替える。少し、まって」

そう言うと、イリナはスタスタと寝室とおぼしき部屋へと入っていった。

「私たちも準備をしてこよう。外でまっている」
「うん」

 ウィド達はイリナに水をもらい、薬草をしまい、外に出て草を食んでいた馬に水をやる。

「中隊長、ありがとうございます」

 さっきイリナへの質問を止めたことだ。

「いや。私も止めるのが遅すぎた。すまなかった」
「思わず踏み込みすぎました。私もまだまだですね」
「ふむ……さて。少々女性に不躾なことをしてしまったマルテ殿には、頭を冷やすために一人で薬草を、ふもとまで届けてくれ」

 え?という顔をして、ウィドを見上げた。しかし、ウィドは遠くの木々を見ているだけだった。

「しかし、途中でマルテ殿は気づいた。薬草の代金を払っていないことを。これはいけない、と律儀なマルテ殿はすぐさま 取って返すことにしたが、残念なことにイリナ殿を含めた一団はすでに出発をしていた……と」

 ようやく、マルテを見てにやりと笑う。

「後は、聡明なマルテ殿にお任せする」
「……どっちが悪党だかわかりませんね」
「これでも多少気が咎めているんだがな」

 ウィドは少し顔をしかめながら続けた。

「イリナ殿を疑いの目で見たくは無い。そのためでもある」
「……わかりました」

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