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黄昏色の樹の下で

一章 二十話

 その日の夜、反省や今後の計画を考えるために、村長の家へと向かった。小隊長や班長も含めた話し合いのため、天幕では少々不便だから、村長の家の部屋を借りたのだ。

「夜分に申し訳ない。できるだけ静かに行う」
「いえ。夜遅くまでお勤めご苦労様でございます」

 村長は、夜中にもかかわらず精一杯の正装をして訪れた騎士達を出迎えた。

「村長は気にせず寝ていてくれ」
「それでは……お言葉に甘えさせていただきます。水はそちらの樽からご自由にお飲みください」
「ありがとう」
「それと、明日の朝食は村の者が作ると申しております。料理は騎士様方がご自分で作るとのことですが、明日の朝だけは、私どもにもてなしを させていただけないでしょうか」

 充分な保存食を持ってはいたが、温かい朝食は魅力的だ。

「かたじけない。喜んでもてなしを受けたい」
「ありがとうございます」

 村長が自室に戻ろうとしたところで、ふとマルテが村長に尋ねた。

「そういえば、村長たちはあの村にあった足跡を見ましたか?」
「足跡……といいますと、村を襲った連中のでしょうか?」
「そうです」
「いいえ。雨が降った後だったため、私どもが着いた時には足跡は消えておりました」
「そうですか。ありがとうございます」

 怪訝そうな顔をしながらも、村長は二階へと消えた。


 会議用に借りた部屋になんとか全員が入ることはできたが、椅子の数が足りずに周囲の家から集めておぎなっていた。バラバラな椅子に身を寄せ合いながら面々が座っている様は、どこか笑いを誘った。

 ウィドは並ぶ騎士達の前に出て、今日の報告を行った。

「――と、いうわけで、あまり芳しい発見はなかった。他に、補足がある者はいるか?」

 かいつまんで昼間の報告を終えると、ウィドは尋ねた。すると、マルテが手を上げる。

「一つ、気になったことがあります。盗賊……と仮定すると、物取りが目的なのですよね」
「そうだろうな」
「そうすると、荷馬車なり荷物を運ぶ手段が必要だと思います。収穫があったとしても無かったとしても、一団と一緒に行動するのが自然かと思います。そうすると……あの川に入って進むのは無理ではないでしょうか」

 はっとしたように、周囲がマルテを見る。

「確かに……」
「しかし、イリナ殿は足跡はあそこにしか無かったと」
「ですから、考えられることは、一つ目はイリナ殿が見落とした。二つ目は物取りではなく他の目的で村を襲った、三つ目は――イリナ殿が嘘をついたか」

 ガタリとドアの外から音がした。

「誰だ!」

 ウィドがドアを開けると、そこには村長がいた。

「も、申し訳ありません。この周囲の詳細な地図をご所望ということだったので……あの、手製の稚拙なものですが、お役に立てればと……」

 慌てて足元にあった小さな木箱を拾った村長はの目は泳いでいた。

「何か、ご存知ではないのですか?」

 動揺している様子の村長に、マルテは一歩近づいた。

「いえ、何も」
「今の話を聞いてどう思いましたか」
「な、何も、聞いておりません」

 追い詰めるようにしていた、マルテを押しのけウィドが優しげに村長を説得する。

「証拠も何も無いのに、あの少女を無理に問い詰めることはしない。ただ、知っておきたいのだ。知らないと疑心で目も曇る。 それに、何かが起きた時の対処の早さが違うのだ。どうか、わずかなことでも教えてもらいたい。この村を救うためでもあるのだ」

 最後の言葉で村長は落ちた。

「な、何か証拠があるわけではありません。イリナは、まったく盗賊を怖がっていないようだったので、 まるで自分は安全だとわかっているように見えたのです。しかし、イリナはあの山をよく知っている上にあの身軽さです。ですから、 そこから来る驕りと言うか、自信からそのような態度なのかもしれません」

 あの二つに分かれた一方の道は川だった。しかし、もう一方は、ウィド達も通ってきたイリナがいる山へと続く道。

「それに、自分から被害を報告して来ているのですし……」

 なおも、村長は言い募る。

「事情はわかりました。教えてくれてありがとうございます」

 マルテは安心させるように、村長の肩をさする。

「あの子は流れ者ですが、非常に聡く、また薬草の知識で村を助けてもらっております。しかし一度、村人に疑われればどんなむごい 仕打ちをうけるかわかりません。どうぞ、村の人間の誤解を招くような態度を彼女には――」
「わかった。そこは私も考慮して彼女に接しよう」

 村長は何度も、「なにとぞなにとぞ」とすがってから部屋を出て行った。
ウィドは苦々しい顔をしていた。

「イリナ殿か……」
「可能性として、今回の事件に関わっていることもあるかもしれません」
「そうだな。……明日にでも調べてみるか。次に周囲の村の被害状況の報告を」
「はい」

 コロエ村に着く前に散った騎士達の報告では、他に二つの村が既に被害に合っているようだった。
マルテが地図に印をつけると、すでに重たげだった空気がさらに重くなる。

「やはり、ここら一帯を集中的に狙っているが、だんだん南に下がってきている気もする」
「そろそろ別の獲物を狙って、大きく移動する可能性もありますね」
「その前には捕まえたい」
「ええ」

 しかし、ほとんど手がかりのない今の状態で、捕まえられるのかウィドは不安だった。

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