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黄昏色の樹の下で

一章 十八話

 ウィドは村に着く前に、まず早馬で隊の到着を知らせることにした。無闇に騒がれたくなかったし、いきなり集団で押しかけていくと、もしかしたら盗賊と勘違いして混乱が起きることも懸念されたからだ。
 しかし、そう気を使ったのにも関わらず、本隊が村に着くと、村人が農作業の手を止めて村の入り口前に押しかけていた。

「ようこそおいでくださいました。私はこの村の村長のダルクと申します」

 人だかりから一人出てきた老人がそう名乗った。

「私はホド国白の隊中隊長のウィドと申す。これは副隊長のマルテだ。申し訳ないが盗賊討伐の為、しばらく駐留させていただく」

 ウィドの言葉に、マルテが一礼した。

「はい。なにぶん何も無い村で、旅人が訪れることも稀でございます。至らぬことがあるかと思いますが、ご容赦の程よろしくお願いいたします」
「構わない。世話をされるために来たわけではない。それよりもここで立ち話は目立つ。どこか会議ができる部屋などないだろうか」
「私の家の部屋をお使いください。他の騎士様たちはいかがいたしましょう。さすがに全ての方が入れるほどの お部屋はなく……。それに、お泊めできる場所もありません……」

 ウィドは頷く。確かにそうだろう。

「他の者は外で待機をする。それに村の外に天幕を張って野営をするから、宿泊場所の世話はいらない。しかし、長い道のりを強行軍で来たゆえ、しばらく村の隅で休ませてもらえないか」
「わかりました、すぐに案内させます。お湯も用意いたしますので、どうぞ旅の埃をぬぐってくださいませ」
「かたじけない」

 村長の家に向かう途中で、家から子どもが興味津々に騎士達を見ているのが見えた。誰も彼もが珍しい訪問者を見ている。

「すまないが、あまり目立ちすぎたくはないから、この様に注目されるのはよろしくない」

 村長は恥じるように少し顔を赤らめると、周囲に「はやく仕事に戻りなさい」と声をかけていた。
 村長宅の一室で、ウィドとマルテは事前に計画していた予定と、第一発見者の少女に会いたい旨を伝えた。少女は山奥に一人で住んでいるらしく、会いに行くことは可能かと聞いたら、案内をしてくれることになった。

「山に入る準備のついでに、指示を与えてくる。少々時間をもらいたい」
「はい。私も馬に鞍をつけねばなりません。用意ができましたら、隊の皆様がお休みになられている広場に参ります」

 そうして、二人は村長の家を出た。
 騎士達が一時的に休んでいる広場に出ると、ウィドは頭を抱えたくなった。多くの村人が遠巻きに騎士達を見ていたからだ。本人達はこっそりと見ていると思っているのかもしれないが、その姿はバレバレで、特に年頃の女性などは騎士達に振り向かれでもしたなら、「キャー」などと嬉しげに叫んでは、わざとらしく物陰に隠れるのだ。
 そんな様子に騎士達も呆れ半分困惑半分と言った状態だった。

「……どうすればいい?」

 ウィドはマルテに聞いてみた。

「……」

 さすがのマルテも言葉が無いようだった。

「早めに村の外で野宿の準備をするか」
「ですね。村の外まで押しかけてこないといいですが……」

 ありえそうで怖かった。

 騎士達に指示を与えていると、村長が一人の少女を連れて来た。

「この娘が、最初の発見者です」

 運の良いことに、たまたま薬草を片手に村を訪れたということだ。

「そなたが隣村の惨劇を一番最初に見つけた少女か?」
「……そう」

 問いかけにしばらく時間を要してから、まっすぐとウィドの目を見て答えた。

「名は?」
「ナワ?」

 イリナは問い返してきた。
 その少女の無礼さに我慢がならなかったのか、ウィドの近くにいた騎士が叫んだ。

「そなた!中隊長の前で失礼であろう!礼の姿勢も取れぬのか!!」

 それは非常に威圧的で、また周囲のものを圧倒させる力を持っていたが、少女は顔色一つ変えずに首をかしげるばかりだった。

「騎士様。申し訳ありません。この者は異国の者でして、騎士様達がお使いになるような言葉はおろか、この国の言葉も充分に使えずにおります。礼儀もまだなっておりません。どうかご容赦願います」
「そうか、報告書にもそうあったな。これは失礼をした。……多少は話すことができるのであろうか?」
「はい。できるだけ簡易な言葉をゆっくりとお使いいただければ問題はございません」
「そうか」

 ウィドは長老へ向けていた目を少女に向けた。

「なまえは、なんという?」

 今度はちゃんと伝わったようだ。

「イリナ。あなたは?」
「私はウィドという」
「はじめましてウィド」
「……はじめまして」
「ウィドの出身地はどこですか?」
「は?あぁ、王都のグランデだ」
「あなたの年はいくつですか?」
「21だが……」
「にじゅういち……にじゅう…」

 ウィドが困惑しているのにもかかわらず、イリナは手で指をおって何かを数えていた。

「イリナ、中隊長様を相手になんてことをっ」
「村長、彼女は何をしたいのだ?」

 村長は目を泳がせている。

「は……いえ……最近自己紹介の言葉を覚えたとかで……」

 どうやら、その練習台にされたらしい。

「申し訳ございません」
「い、いや。かまわない」

 ウィドは、イリナが真剣な顔で数をかぞえている姿に笑い出しそうになるのを、必死にこらえていた。

「にじゅういち」

 うん、と頷いて続けてイリナは続けた。

「私は14さいです。あなたと……5さい差」

 誇らしげに言われた。ホド国の誇り高き騎士は、紳士らしくこみ上げたものを空咳でこらえた。

「こ、こら、21から14を引いたら7じゃ!」
「7……これは失礼をした」

 真顔でそう言われて、とうとう我慢できずにウィドは噴出した。

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