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黄昏色の樹の下で

一章 十六話

 ウィド達の中隊は隊商とその護衛を装って王都を出た。五つの荷馬車の中にはもちろん商品ではなく、野宿のための天幕や保存食などが乗せられている。

 国王の言う通り北の領地での案内役が必要であり、広大な土地らしいからウィドの中隊だけでの行動では人手が少なすぎる。だからと言って大勢で乗り込んでは目立つため、ウィドは現地にいる朱金の隊を一時的に組み込むつもりだった。また、実際に襲撃された村を見たという騎士からも話を聞きたかった。
 そういうわけで、一行は北の関所へと向かっていた。

「まず、あの山を越えればあと二日というところでしょうから、そこから早馬をだしましょう。関所にいる朱金の隊で必要な物資と人をそろえてもらっておくのです」
「ああ。そうだな。ダーナとヒア辺りを行かせよう」

 ウィドは泊まった宿屋の部屋で、副隊長のマルテと地図を広げて相談をしていた。

「しかし、レイト侯爵の領地は広いですね」
「あぁ、俺も初めて見て驚いた」

 精密な地図は防衛上の問題でそうそう手に入るものではない。己の領地の地図なら比較的容易であるが、そもそも精密な地図は値段が非常に高い物だから、自作の簡易の地図ですます者の方が多い。その土地に住む人々も、手製の地図を持っているのがせいぜいだった

「襲われた村は……ここと、ここと……」

 マルテが襲われた村を指していく。本当は印でもつけたかったのだが、手にしている地図は借り物であるので我慢した。

「余裕があればこの地図の複写できるか? 簡単なものでいい」
「後で作成します。今はこれで」
「ああ」
「およそこの地域に集中していますね」

 最初に報告された村を含め、南北に広がった楕円内に被害は集中している。

「だとすると、犯人の住処はこの近くの山や森だろうか」
「目撃証言によりますと、この川で足跡は途切れたようですね」

 マルテが地図をなぞる。

「川を下るか上るかして足跡を消したのか」
「随分慎重ですね」
「確かに」

 夜更けまでああでもないこうでもないと、相談し合っていたが、結局はたいした話し合いはできなかった。とりあえず決まったことは、迅速に朱金の隊を組み込み、そして正確な被害状況を確認するというものだった。

 さらに隊商を装った中隊は大きな山を越え、あと二日で着くという所で、早馬を送り出した。
 そしてさらに二日後、やっとこの地方で一番大きい第三関所にたどり着いた。

 この地方にも関所はいくつかあるが、第三関所が一番大きく人通りが多い。商人達もたくさん出入りするため、そこ商いをする者もおり、比較的大きな町ができていた。騎士の大きな宿舎もこの町にある。
 大通りには宿屋や酒場などが連なり、少しそれた裏には花街がある。町の中心は広場には露店が立ち並ぶ。キシン国の品とホド国の品が取り引きされるこの町には、他にはない独特の匂いがあり、その中で人々がひしめき合っていた。

 ウィドやマルテなどの商家の主とその従者を装っている者は朱金の隊の宿舎には近寄らずに、町のはずれの宿を取った。護衛の傭兵を装っている者達も小隊ごとに別の宿にばらけて泊まる。

 荷物を置いたウィドとマルテは、商人と従者という格好をして関所へと向かった。
 帽子を目深にかぶったウィドは、関所を通る際に便宜をはかってもらうための心づけを持ってきた商人という風体で、腰を低くして関所の詰め所へ入った。
 そこには休憩をとっていたと思わしき騎士が六人ほど、椅子に座って歓談していた。

「お役目ご苦労様でございます。わたくし、白屋という店の主のリロと申します」

 ウィドがそう言うと、その場にいた朱金の小隊長の眉がぴくりと動いた。

「おいおい。おやじさん、こんな所に来られても困るよ」

 何にも気づいて無い様子の騎士が、ウィドを追い返そうとする。

「おお。これは失礼を致しました。お詫びにこちらの品をお受け取りください。当店自慢のウイドという菓子でございます。王都では評判の一品なのでございますよ」
「聞いたことないなぁ」

 つれない言葉を返す騎士を押しのけるようにして、小隊長が割り込んできた。

「おお!白屋のウイドとな。私はこれに目がなくてね。おやじさん、ありがとう。遠慮なくいただくよ」

 周囲の騎士は、小隊長が今まで一切そういう物を受け取らなかったのに、今回は積極的に受け取る素振りを見せたので、驚いたような顔をしていた。

「お気に召していただければ幸いでございます。わたくし共はしばらく町外れのリズナの宿に宿泊しておりますので、ご入り用の時には遠慮なくお申し付けください。では、失礼致します」
「ああ。わかった。リズナの宿だな」

 去っていった二人を見送った小隊長は、受け取った小包を開けはじめた。

「小隊長。どうしたのですか?いつもなら絶対に受け取らないのに……」
「いや。だからあれは多分受け取らなくてはいけないものなんだよ」

 小隊長がその小包を開けると、干した果物が詰められていた。

「これかな」

 周囲の騎士が首をかしげていると、小隊長は飾りとして花の形に切られた紙細工を手に取った。そして火打ち石で蝋燭に火をつけ、その火で紙細工をあぶる。

「あ!」

 そうすると、紙細工に白の隊の紋章が浮かび上がった。

「さて。リズナの宿だよな。俺が行くには……目立つか。丁度良いし、アレン!お前着替えて使いの振りして行ってくれないか?」

 その場にいたアレンが驚いたように叫んだ。

「お、おれですか?!」
「ここにいる中であの現場見たのはお前だけだし、それにあまりこっちいはいないから、この町の人間にほとんど顔を知られてないだろう。俺が行ったらその宿で何か起きたのかと噂になっちまう。お前だったらどっかの小間使いのガキで通りそうだしな」

 周囲が「確かに!」と大笑いするのに、アレンは頬を膨らませながら抗議をした。

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