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黄昏色の樹の下で

一章 十五話

 白の隊の中隊長であるウィドは、国王から呼ばれていると聞いて執務室へと向かった。

「ウィド、久しぶりだね」

 ウィドがその部屋に入ってすぐに声をかけてきたのは、ホド国の王のダルシャであった。その若々しく美しい容貌に、うっすらと笑みを浮かべていた。そのダルシャの瞳と同じ色のそれが、ウィドにもあり、縁戚である間柄を示していた。

「お久しぶりでございます。至急と聞きましたので馳せ参じました」
「そんなに畏まらなくていいよ。君と私の仲じゃないか」
「はぁ……」

 仲も何も、主と臣下の関係以外の何者でもないのに、いかがわしい言い方をしないでもらいたい。しかし、そこは世間の荒波に揉まれて取得した処世術にのっとり、曖昧に言葉を濁した。

「もっと気軽にこの執務室に来ていいんだよ?」

 王家と縁戚であれど、気軽に国王の執務室に訪れる中隊長がいるのだったら見てみたい。

「陛下」

 ウィドが半笑いでごにょごにょと曖昧に言葉を濁していると、この執務室にいたもう一人の人間、この国の誉れ高い宰相のイアンが静かにダルシャを威圧した。

「おっと。これ以上はイアンが嫉妬してしまうね!」
「もう、帰っていいですか?」
「おや。待ってくれたまえ。これは緊急かつ重要なことなんだ。よくよく心して聞いてもらいたい」

 やっと本題に入れるのかと心底ほっとしながら、ウィドは顔を引き締めて頷いた。

「実は、北の国境近くの土地を管理している一人にレイト候という人がいる。候が言うには、ここ最近盗賊が辺境の村々を襲って大変なのだそうだ。それはそれは残虐な盗賊達で、村人を一人残らず殺してしまうんだそうだ!」

 あぁっ、なんて恐ろしいんだ!と叫びながら、ダルシャは天を仰いだ。

「その盗賊を退治に行けということでしょうか?」
「そうなんだ。君の中隊を出して討伐に行ってほしい」
「お言葉ですが、僻地の盗賊退治でしたら朱金の隊の方が、地の利もあるので適当ではないでしょうか」

 白の隊と朱金の隊ではあるべき目的が違う。僻地の討伐退治は主に国境付近の警備にあたっている朱金の隊の方が向いていた。

「普通はそうなんだけれどね。しかしレイト候は私に討伐隊の要請ではなく、候の所持している私軍強化の許可を求めてきたんだ。盗賊団の一つも対処できずに私に討伐を請うなど、領主として恥ずかしく他の諸侯達に顔向けできない、と。 しかし、現状のままでは足が早い盗賊団相手に後手の対応しかできず被害は大きくなる一方。だからもっと人手を集めて対処したいということだ」
「それで許可したのですか」
「許可した」
「でしたら……」
「前国王の崩御からこちら色々と混乱していたじゃないか。ウィドもあの時は寸暇を惜しんでよく働いてくれた」
「いえ。当然のことでございます」

 いきなりの話題の転換にウィドは少し面食らった様子だったが、素直にそれについてきた。そうでなければこの国王の側に仕えるのは難しい。

「ありがとう。だからこそこうやって落ち着いた今、自分の臣下が困っているならば手を貸してやりたい。しかし、レイト候の面目を潰すのは本意ではない。こっそりと手助けしよう、と候に言うは簡単だが、それでは彼の誇りを傷つけてしまうかもしれない」

 ダルシャは、憂えたため息を一つつくとウィドを見つめた。

「だから、隠密に候はおろか他の諸侯達にも気づかれないようにして討伐の手伝いをしたい。そういうわけで、隠密には向かない朱金を動かすわけにはいかない。だからといって黒を動かすような大事でもない。それに黒も今少々人手が足りない。紫金は……言うまでもないだろう?」

 ウィドは確かに、と力強く頷いた。

「それで白の隊を」
「そう。迅速にこっそりと頼むよ」
「わかりました。準備が出来次第、出発致します」
「そうそう。さすがに白だけでは道が不案内だろうから、朱金の一部指揮権も与えよう。あと、レイト候から聴取した盗賊に関する情報や地図などの資料も、後でそちらに送ろう」
「ありがとうございます」
「話は以上だ。頑張ってくれ」
「は。失礼いたします」

 ウィドは一礼すると、執務室を出て行った。

「さて。そういえば、各局の人手は足りているかい?」
「いまだに足りません。何人か倒れたものも出ております」

 今の局長達は非常に真面目だ。そして部下思いでもある。倒れた部下の仕事を、他人に任せることなく、ほとんど局長達自身がこなしている。いずれ局長達も倒れるかもしれない。それがイアンには心配だった。

「そうか。しかし、王都には職にあぶれている者も多いと聞く」
「はい」

 先の権力争いの余波は王宮にとどまらず、小さいながらも王都にまで及んだ。むしろ貧しい者達にとっては、その小さい余波も大きな打撃となり、傷跡はまだ癒えない。

「では、短期の仕事を任せられる人間を募って欲しい。そうだな、読み書きができて、四則計算ができる優秀な人間だ。そうそう、口が堅いのも必要だな」
「はぁ……、四則計算ができる優秀な……」
「できるかな?」
「はい。至急募集をかけます」

 もちろん、とイアンは頷く。

「たのむよ」
「あと、ちょっと局長達に頼みたいことがあるから、各局長を呼んできてくれ」
「わかりました」

 ダルシャはいつまでも一つの感情に飲まれたまま、沈んでいくような人間ではない。そこから脱しようとあがく人間だ。
 あの時、珍しくも感情を表に出したダルシャを、イアンは助けることも慰めることもできなかったことを、ひどく悔しく思った。ダルシャの能力を存分に発揮させることができない自分をもどかしくも感じた。
 しかし、彼は他人の手なんかを借りることなんてせずに、自力で浮上してきた。そして今、恐らく何かしらの対策をこうじようとしている。
 何をたくらんでいるのだろう、とイアンは不覚にも心が躍った。

「今、呼んでまいります」

 執務室を出たイアンには、自然と笑みが浮かんでいた。

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