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黄昏色の樹の下で |
一章 十四話 |
ウィスタは、以前に柵を乗り越えてまで書類を取ってくれた貴族を探していた。と言っても、内緒にしておくと約束した手前、あまり人に聞きまわって探すこともできずに、ただ周囲の人間の顔をよく見るようにするという探し方だったので、まったく見つかる気配はなかった。 そんな風に王宮の敷地内をふらふらしていると、国王に捕まった。いや、国王陛下にお茶をお誘いいただいた、と言っておく方が何かと問題ないだろう。 「君は局長の中でも一番若いから、何かと苦労していないか心配でね」 ダルシャの美しい顔が憂えたものとなり、長くて濃いまつ毛に縁取られた目を伏せた。その様子は、それはそれは美しくも儚げで――そして胡散臭かった。 「そんなことはありません。陛下のご温情に心温まり、他の優秀な皆様の叱咤ご鞭撻をいただきたくさん学ばせていただいております」 ウィスタは虚ろな微笑を貼り付けて答えた。正直なところ、いつ宰相が着て雷を落としてくるかと気が気ではない。 「あぁっ。私も若輩の身で王の座に着いたものの不安ばかり! お父上のように立派な治世者になるにはいったいいつになるのやら」 やっぱり虚ろにウィスタは答えた。 「ところで」 ダルシャはクスリと笑いながら首をかしげて、ウィスタを見る。 「書物収集に君ほど長けている者ではなく、ごく普通の貴族が手に入れるとしたら、という話だよ」 それからいくつもの本の値段を聞かれたが、ほとんど文書館にあるものばかりだった。貴族はもちろん、国王という身分ならばなんの咎めもなくそれらの本を読むことができるのだから、ダルシャがわざわざ値段を聞くのが不思議だった。 「全てを集めるとなると、なかなかの金額になるね」 ダルシャは、国王と言う地位に似合わず金銭感覚があった。 「そうですね。愛好者向けの本ばかりでしたし。東方兵法などは今はもう発禁となっていますからね」 面白そうにダルシャは笑う。 「ええ。手に入れるのに非常に苦労しました」 東方兵法のように。 「ウィスタを文書館の局長にしてよかったよ」 不意打ちのように言われて、ウィスタは面映かった。 「陛下」 背後からその冷たい声がした途端に、ウィスタは目の前の国王が笑顔を凍らせたのを見た。 「おお、この国の誉れ高き宰相、イアン!どうしたのかい。一緒にお茶でも飲まないかい」 その凍らせた笑顔のまま、イアンに紅茶をすすめた。 「結構です。陛下」 ウィスタは国王と宰相に挟まれて、口を出すことも逃げることもできずにガタガタ震えながらお茶を飲んでいた。 「謁見が終わった後は、王妃様から昼食に招待されていると申したはずですが」 どうやら、圧倒的にダルシャが不利のようだ。 「昼食までにそれらを頭に入れてもらいます。行きましょう。陛下」 本の値段が有意義な語らいの範疇に入るのかは甚だ疑問だ。 「行きますよ。陛下」 宰相が、名残惜しそうにしている国王を容赦なく引きずっていくのを見送った後、ウィスタは侍女に後片付けを頼み、文書館へと戻っていった。 結局今日も、探し人は見つからなかった。 |
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