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黄昏色の樹の下で |
一章 十三話 |
村は表面上は何にもない様に日々の生活を送っていた。しかし、そこかしこに人々の不安が垣間見える。 前は、夜に狩猟用の罠をしかけるために森に出かける酔狂な人もいたが、今は一切おらず、陽が落ちるとすぐに固くドアを閉ざしてしまう。 今回の事件は村人の心のほんの片隅にあった、あくまでもイリナは村の人間ではないという気持ちを改めて浮き彫りにさせた。 「子ども達にも簡単に事情を説明したが……大人たちがピリピリしているから、必要以上に子ども達も怯えておる」 リリィはしたり気にお茶を飲みながら言い、確かにと、その隣にいた村長が頷く。 イリナが頼まれた山菜を採ってきて村長の家を訪れてみると、リリィがいた。 「うん。それ大事。子ども時々無茶する」 ね、と赤毛の髪をさらりとゆらして、リリィはイリナを説得する。ひそかに、この魅惑的な赤い瞳と髪に惹きつけられている村の若い男達は多い。 こっそりとイリナは村長を見た。 例えばイリナが可愛がっているラァドの子どものホムラだ。少し前に流行病が村を襲い、その原因がラァドだと噂された。結局その是非は判明せずにその流行病はなんとか収束したが、今でもラァドを嫌悪している村人は多い。 村長に向けたイリナの目線はそれを察しているかのようだった。 「リリィ、心配必要ない。私自分の家、戻る。それに、ホムラ村に住む、皆気持ちよくない、でしょ?」 流行り病が村を襲ったとき、リリィはまだほんの子どもの頃だったために、ラァドに対する悪感情はそれほどない。むしろ、甘えん坊の小さなラァドを可愛いとすら思っているのだが、さすがに村人がラァドに対して良い感情を持っていないことくらいはリリィも察している。 「あんまり無理を言ってはいけないよ。今はとても難しい時期なんじゃ」 リリィは目に見えてしょんぼりとした。 「リリィ。ありがとう。家来る、言ってもらう、嬉しい。大好き、リリィ」 それから明るい話題に転じ、リリィは村の子ども達の間で流行っている遊び言葉や歌を、イリナに教え込んで、満足して帰って行った。 リリィを見送った村長は、冷めたお茶が入ったカップを手の中でいじりながらイリナには目を向けずに「イリナ」と名を呼んだ。 「なに」 その声はとてもしっかりしていて、思わずイリナの顔を見た。それはとても静かで落ち着いた表情だった。 「ふ……。たまにおぬしが、小さい娘だと忘れてしまいそうになるよ。背はこんなに小さいのになぁ」 少し膨れたように言い返す。かかかと、村長はおかしそうに笑った。 その後イリナが求める品と山菜を交換して、村長はイリナを見送った。 イリナの背中を見ながら村長の心の中に、ちらりと暗い影が一筋だけできた。 「この空模様と、盗賊騒ぎのせいかのぉ。嫌だ嫌だ」 あの不安の一切無いような目を見て、一瞬疑心が生まれたなどとは認めたくは無かった。 空を見上げると、また、雨が降りそうだった。 |
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