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黄昏色の樹の下で

一章 十二話

 文書館から引っ立てられたダルシャは、執務室の窓から外を眺めながら物思いにふけっているようだった。

「陛下、お茶をお持ちしました」
「わざわざ宰相殿が持ってくるなんて、いったいどうしたんだ」

 からかうように、ダルシャはポットとカップを乗せた銀のトレイを持っているイアンに笑いかけた。

「侍女達が忙しそうにしていたので」
「おや。何かあったのか?」
「どうもまたアンリ王子がどこかにお隠れになったようで……」

 侍女達が総出で探しているのだ。

「我が息子ながら、なかなかやるな」
「ご冗談ではありません。もしもの場合があれば教育係の首が飛びます」
「アンリは自身の責任で行動したのだ。確かに毎回アンリに姿をくらまされている教育係にも不備はあるが、 あれの責任が一番大きい。何かあれば、一番に罰を受けなければならないのはあれ自身だろう」

 だからと言って、そう簡単にいかないだろう。イアンはため息をついた。

「簡単に言ってくれますね……」
「ところで、レイト侯爵の話を聞いた」
「いかがでした」
「なかなかひどい被害数みたいだな。盗賊の一つくらい討伐できないようでは他の領主達に面目が立たないのはわかるが、それにしても、もう少し早くにこちらに報告するべきものだ」

 ダルシャは机の上に広げられた地図を指でなぞっていた。先ほど保管庫から持ち出した地図だ。

「それほどひどいのでしょうか」
「あぁ。後で聴取した内容の詳細を報告書にしてこちらに上げさせる」
「わかりました」
「将軍の報告書も読んだが……。確かに少々不審なところがあるな」
「私もそう思いました。しかし、下賤な者のすることです。恐らく、村人が恐怖におののきながら殺される様を見て 興奮した、ということではないでしょうか」
「イアンも恐ろしいことを言うな」
「あくまでも想像です」

 イアンは肩をすくめる。そこでノックがしたと思うと、将軍のアルシャが入ってきた。

「お呼びときいて参りました」
「すまないね。アルシャ。ちょっと頼みたいことがあるのだが、まずはイアンのいれてくれたお茶を飲まないかい」
「はぁ、ご相伴に預かります」

 三人で執務室に備えられているティーテーブルに座った。

「ところで、この村の報告書を渡すときに言っていた、村人を全員集めて殺さなくてはいけなかった理由……何か思いついただろうか」
「色々と考えては見たみたのですが……どうもあまり真実味の無いものばかりで」
「ほう。例えば?」

「ウィスタ殿が言っていた仮面でも隠せない特徴を基準に考えて、例えば、異様な身体の形をしている、持っている武器等が特殊、言葉に訛りがある……これらよって、自分達のことを特定される恐れがある場合。あとは……実は魔族の類なのではないか……など」

 どこか言いにくそうだった。

「魔族か……」
「いえ。魔族がこのような事件を起こすなんてことはあまり考えられませんが……」

 例外はあれど、魔族は人間の生活にあまり関わらない上に、大概が温厚だ。

「ふむ。――アルシャ」
「なんでしょう」
「レイト候の領地には関所がいくつかあるが、そこの人や物の出入りを詳細に記録して、報告するようにしてくれ」

 関所を守っているのは、アルシャの指揮下にある朱金の隊だ。

「なるほど。盗品がキシン国に流れているかもしれませんね。わかりましたが……入るほうもですか?」
「まぁ、念のためだ。盗品を売った金で武器等を仕入れているかもしれないからな。警戒されて逃げられたら困るから、目立たないようにやってくれ」
「わかりました。すぐに指示を出します」

 それから話題は別のことに転じ、しばらくした後にアルシャは退室した。イアンがアルシャを見送って戻ると、ダルシャは再び外の景色を見ていた。

「この件、おそらく将軍から報告がなければ、まだ私の耳には入ってなかっただろう」

 イアンはおや、と未だに窓を見ているダルシャを見た。非常にわかりにくいが、あまり他人に感情を見せないこの国王はどうやらひどく憤っているようだった。
 イアンは、黙ってカップにお茶を注いだ。

「どうやらお茶がさめてしまったようです。いれなおしてきますね。お詫びに陛下のお好きな花茶をいれてきます」

 できる限りさりげなく言ったつもりだったが、ダルシャはイアンの意図を察したようだった。

「……すまない。今の私のこの感情は非常に個人的なものだ」

 波乱の末に玉座に座ったこの王は、その若さゆえに老獪な貴族達から軽んじられているところがあった。その貴族達は、目立った行動こそしないものの、影でダルシャの失脚を望む。普段はその様なことは おくびにも出さないし、実際ほとんど気にしてはいないようだったが、やはり時には思うところはあるのだろう。
 今回の件もここまで酷くなる前に報告があるべきところだろう。
 しかし、父親から爵位と領地を受け継いだばかりの若いレイト侯爵は、自分の力で解決したいと思っていたのか、それとも軽んじていたのかは知らないが、ダルシャが報告書に目を通し、事の次第を問う書簡を送ることで、やっと自分から状況を話し出したのだ。
 こんなことが続いて醜聞が多くなれば、ダルシャの能力を疑う声を高らかと謳う貴族も出てくる可能性もある。

 敏感に若き王の憂いを感じたイアンは、あまり他人に感情を見せたがらないダルシャのために、静かに執務室を出た。

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