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黄昏色の樹の下で |
一章 十一話 |
ウィスタが意気消沈しながらも、書類を無事に処理して自分の執務室に戻ると腰を抜かしそうになった。我らが国王陛下がおわしたのだ。お茶を片手に室内の本を興味深げに見ていた。 「陛下、知らなかったとは言え、お待たせしてしまい申し訳ありません」 ホド国の若き王のダルシャは、類まれなる美貌を持っていた。金の髪と濃いまつ毛に縁取られた緑の目は非常に蠱惑的で、反面少し薄い唇が酷薄的で、その差がどこか危険な香りをかもし出していた。 「ところで、誰もお側についていないようですが、うちの者が何か失礼をいたしましたでしょうか?」 だからといって本当に一人にするとは。室内はおろか、ドアの外にも誰も控えてはいないのはいかがなものか。 「はぁ、でしたら私も退室したほうが……?」 くすくすと笑って、ダルシャはウィスタを引き止めた。 「いったい、どのようなご用件でしょう」 ダルシャはにっこりと笑う。 「……後で怒られても知りませんからね」 繊細な心の持ち主は、怒り狂って自身を探すあの宰相の冷たい眼差しに耐えられない。 「わかりました。では、保管庫に向かいましょう」 王は爆笑しながら「それは確かにな」と答えた。どうやら許しが出たようだ。 「では、行こうか」 ひとしきり笑った後に、ダルシャはウィスタを促した。 「はい」 部下の一人に、宰相が来たら国王は保管庫にいる旨を伝えるよう言い残すと、保管庫に向かった。 「何の書類をご所望でしょうか」 保管庫の鍵を開けながらウィスタは聞いた。 「そうだなー。何にしようかな」 まさか暇つぶしなどでここまで来たのではあるまいかと、疑念が胸をよぎる。 「まず、ドワル家の領地の情報などが記された物がみたい。あと納税の記録等も」 ドワル家とはレイトの家名だ。レイトの名はレイト・イア・ドワルという。 「保管庫というのはこうなっているのだな」 初めて保管庫に入った国王は珍しげに周囲を見回す。 「こちらにドワル家の全ての資料がまとめられています。納税記録はこちらに、領地権利書はこちら、それぞれの村の人口となると、また別の場所になります」 ドワル家は古くからある家柄らしく、その資料は膨大だった。手伝うべきかと悩んだが、ダルシャが言ってこないのなら必要ないのだろうと判断し、少し離れて控えていることにした。 次にダルシャは地図を、更には過去の気象記録、橋の建設記録を求めた。橋の建設記録など調べてどうするのかと思ったが、素直に案内した。 高かった陽がかげってきて、そろそろ灯りが必要かと考え始めたときに、外が騒がしくなった。何事かと思うと、外から叫び声がした。 「国王陛下がこちらにいらっしゃると聞いてまいりました!どうぞお開けください!」 保管庫に入る鍵は開いてはいるが、規則として国王か文書館局長の許可が無ければ入ることは許されない。だから宰相は外でキリキリと叫んでいるのだ。 「陛下、どうやらイアン様がお迎えにこられたようです」 ひどく集中していたせいか、少し惚けたような顔をしている。これはとても珍しい。 「早くいかないと……」 ドアが乱暴に叩かれる音がした。イアンの我慢もそろそろ限界のようだ。その内蹴り始めるかもしれない。 「あぁ、イアンにひどく怒られてしまうかもしれないな。私は彼の顔を見るのがとても怖いよ」 これは言外に、先にイアンの元へ行ってとりなして来いということだろうか。 「それもきっと彼の愛です」 とばっちりはごめんだ。 「しかたがない。行くとするか。その前にこの地図を借りたいのだが」 憂鬱そうな顔をして、二人は未だに叩かれているドアに向かった。 。 |
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